勉強とか研究とか会社づとめとか、人生のむだづかいとか、そういうの

先日、計八年もいた大学を卒業というか修了した。論文を書く身分になってからはどうしても家ではぼんやりしてしまうから研究室に通い詰めていたわけだけどそれは私のエモーショナルな部分をちょっとだけ麻痺させて、修了式のときでも「お礼を言うのはまた修了式のときでいいか」などと抜けたことを思っていたのだった。

 

二年前に院にあがって、卒論をゼミで報告したときに、教員に「これは研究ではないですよ」と言われたことがあった。ハラスメント問題が厳しい昨今だけども、その報告のあとその教員はきちんと面談を組んでくれて、研究とは何か、どういうことか、ということを懇切丁寧に教えてくれて、私はメモを取りながら、質問しながら、聞いたのだった。

私はいわゆるゆとり世代生まれの人間なんだけども、ゆとり世代というものに対する受け取り方は、ゆとり世代だと嗤う世間とも、またその嘲笑を真に受けて抵抗しようとするゆとり世代の人間ともちょっと違って、ゆとり世代は基本的にまじめな人が多い印象を受ける。限られた時間のなかで、言われたことを要領よくこなすのが得意な世代だと思う。まあ大学で学んだ人間がナイーブな世代論を振りかざしてどないやねんとも思うんですけども。ともかく。で、私もそういう意味でのゆとり世代の一員で、わりかし勉強は好きだった。新しいことを学んだり、学んでいることを整理して、整理したものを書き連ねたりが好きだった。そういうわけで一生懸命へたなりに(まじでむちゃくちゃ下手だったんですけど)論文を書いて大学院生になったわけだった。そういうのが「研究じゃない」というんだから面食らって、まあ私は厳しいことを言われると火がつくタイプの人間だったので、ありがたく火をちょうだいし、それがなんとか二年での修了につながったとも言えるんだけど。

ほじゃ結局研究ってなんやねん、ということなんですけど、まだうまく言語化はできないんですけど、けっきょく研究というのは、なんも特別な「いとなみ」みたいなこじゃれたもんではなくて、例えば車を作ったりするのと変わらんものだ。前の世代ではここまで技術ができてて、もっとここをこうしたいから、ここを変えよう。みたいなそういう話と変わらない。(いや、こういう単純な技術進歩観も、大学院生としては大アウトなんですけど…。)先行研究の整理をし、周辺分野もよく読み、何が言われてて何が言われてないのか、何が言われるとその分野が成長するのか、そういうことを意識しながら話すのが研究なのであって、まあ好き勝手読み散らかしたり書き散らしたりするのとはまた違うんですよね。歴史を引き継いで、自分が歴史に加わるというそういう大きな流れに身を投じるのが、研究…ということなのかなあ。その教員には、論理的に話すこととか、価値中立であるために議論の足場を用意することだとか、ほかにもいろいろ教わってそれをひっくるめて全部研究なんですけども、私が研究の根幹だと思うのはその部分だった。

で、まあその通りできたかっていえば全然できなくて、論文では全然できなくってああこんなんで修了させてもらえるとはほんまもんのゆとりだなあと苦しく思うことが多かったんですけどもそれでも就職も無事決まったわけだしこのまま逃げてしまえとも思うんだけども、修了式の日、しこたま酒を飲んだら夜寝られなくなって苦い胃酸を飲み込みながらこれからの人生のことなんて考えちゃったりした。

来年度からは会社で働く予定で、聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、私が苦しんで戦ってきた「研究」みたいな態度と会社で勤める態度は全然違うなあと思う。あ、もちろん具体的にお仕事する内容が決まれば、その世界をなんとかよくしたろうと、調べ上げて、何ができてて何ができてなくて、みたいなところも考えられるんだろうけど。まだ具体的に像を結ばない「会社づとめ」は、目をつむってシャンプーしてるときのなんとなく背後に霊っぽいサムシングがいるかもしんないと思い込むときの恐怖感と似ているよ。

もし全然違っちゃったらどうしようねえ、と背後霊は話しかけてきて、もし全然違っちゃったら私のこの二年間、この七年間はどうなるんだろうねえと背中をなぞる。全然違っちゃったりなんかして、そのうえ、会社づとめのほうがうまくいっちゃったりして、なんかして。いや、もしそれが大切なんなら、全然違わないように、人生すればいいんですよ、と守護霊?は言ってくれるけどもやっぱり酔った日の夜は長くて長くて、なんつうか、やりきれねえ~~~と思っちゃう。ああそういえば『マスターキートン』でそんなセリフありましたよねえ。研究職を目指す平賀・タイチ・キートン(これで一人の名前ね)はなかなか研究ポストが空かなくて、つなぎでやってる保険調査員のほうでむしろ活躍できていたりなんかして。そのときのエピソードは、どっかの非常勤の応募に落ちて、がっかりしたキートンが、「お父さんは人生の無駄遣いをしているような気がする…」と家族に漏らす、そういう話が。悩むところは昔もいまも一緒で、逆にいえばそれでもなんとかやってきた人が大勢いるのだから気楽に構えとれっちゅうの。捨てるとこなく全部料理しようみたいなセコいこと考えるからしんどいのであって、おいしいところだけいただいてしまえば人生も気も楽になるんであろうのに私はどこまでもエコ思考のワンガリマータイよ。

 

MASTERキートン 完全版 コミック 全12巻完結セット (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

MASTERキートン 完全版 コミック 全12巻完結セット (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)